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対等の関係で楽しい時間を共有する

ある新任の小学校の先生が学級の子どもたちと大縄跳びをしていました
ある3年目の先生が

その様子を見ていて

〈もっと上手く飛べるようになるための

子どもたちへの指導の仕方を、

新任の先生におしえてあげよう!〉

と感じました

だけど、

ふと立ち止まり、新任の先生に教えるのを

やめました

それはなぜか…
〈休み時間に

子どもたちと大縄を

あんなに楽しそうにしている姿を見ていたら

何のために

上手く飛べる方法を教えるのか〉
そう感じたからです

子どもたちにとって

大縄を上手く飛べる方法を

指導してもらうことは大切で、

上手く飛べるようになった時の

達成感はあるでしょう
だけど、
まずは

子どもたちにとって

担任の先生と

一緒に楽しむということ自体が

大切なのかなぁと思います

私は以前

子どもとバトミントンをしていて

「もっとこうしたら上手く打てるよ!」

子どもにとって

ありがたいだろう

嬉しいだろう

と思って疑わず

伝えたことがあります

結果、

子どもはプイっと怒って

「もうやらない!」と言いました

後から気持ちを確認すると
「上から目線に感じた」
と言っていました
そう、

良かれと思い

最善を教えようとすることは
最高に楽しい時間を

奪ってしまう場合があります
子どもは

批判された

と受け取る場合があります
〈教える人〉〈教えられる人〉

の関係よりも
〈一緒に時間を共有する人〉

〈一緒に方法を見つけ出す人〉

であることの大切さを感じた

エピソードです

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